講 師 | 熊谷 修 人間総合科学大学 人間科学部 教授 |
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世界保健機関は、高齢者の健康状態を生活機能の自立度で評価するよう提唱している。生活機能には「歩行」、「食事」、「入浴」、「排泄」、「着脱衣」の基本的な日常生活動作能力がある。しかし、地域で独立した生活を営むために求められる能力は「交通機関による移動」、「余暇活動」、「社会交流」などのより水準の高い「高次生活機能」である。この能力は、高齢期の人生の質を決めるとても重要な能力である。高齢期の栄養管理の目標は、高次生活機能を維持増進し、地域で活発に楽しく暮らすことにある。さまざまな病気と共生している高齢者の健康指標は、病気の罹患の水準ではない。先行研究により高次生活機能はからだの老化そのものにより障害されることが明らかになっている。
すなわち人生後半の健康づくりの標的は"老化そのもの"なのである。高齢期は、罹っている病気を"老化の結果"と捉える視点も必要になる。老化は、誰もが絶対に回避できないからだの連続的な変化で、その進む早さは個人差がとても大きい。高齢期の食生活は、老化を遅らせるためのものでなければならない。
血清アルブミンは、血液中を流れるたんぱく質の約6割を占める大切なたんぱく質であり、からだの栄養状態を評価するときの最良の指標である。血清アルブミン値が高い高齢者ほどからだのたんぱく質の栄養状態が良好なことになる。からだの栄養状態と最大歩行速度の関係を調べたところ、血清アルブミンが高いグループ(4.3g/dl以上)ほど最大歩行速度の低下する程度が少ない。からだのたんぱく質の栄養状態を可能な限り高める栄養改善の手立てが、高齢者には求められるのである。
わが国の平均寿命は、戦後30歳以上伸び、現在は世界最高水準にある。平均寿命には国民の老化速度の総平均が反映されている。戦後の我が国の食生活の変化には次の3点の特徴がある。
①国民総平均のエネルギー摂取量が増加していない。
②動物性食品の総摂取量が増加した。それには特に肉類、卵、牛乳・乳製品の摂取量の増加が寄与している。
③脂肪エネルギー比(脂肪から摂るエネルギーの割合)が増加している。
この世界に類をみない特殊な食生活の変化が老化を遅らせることに結びついている。
食品摂取頻度パターンごとに「知的能動性」が低下する危険度を調べた。「知的能動性」は余暇活動、創作、探索の能力である高次生活機能で、老化に伴い最も早く低下し、人間の品性の構成要素としてきわめて重要な能力である。分析の結果、肉類、牛乳、油脂類を高頻度に摂取するパターンが能力の低下を予防していることがわかった。肉類、牛乳、卵などの動物性食品と油脂類を良く摂取する適度に欧米化した多様性に富んだ食事を営む高齢者ほど、高次生活機能の障害リスクが低いことが明らかになった。
地域高齢者の食品摂取の多様性が高次生活機能の低下に及ぼす影響を分析した。食品摂取の多様性は、主菜、副菜を構成する10食品群を選び、その摂取頻度で評価する方法を考案した。「肉類」、「魚介類」、「卵」、「牛乳」、「大豆・大豆製品」、「緑黄色野菜」、「果物」、「芋類」、「海藻類」、「油脂類」の10食品群を取りあげ、それぞれの食品群ごとにほぼ毎日摂取していれば1点を与え、最大は10点となる。この食品摂取の多様性得点で高齢者の高次生活機能の障害リスク、すなわち要介護リスクを予測することができる。
栄養状態を改善し要介護を予防する食生活の手立てを開発するために行った地域高齢者約1,000名を対象とした介入研究で、有効性が確認できた「老化を遅らせるための食生活指針」は下記のとおりである。
食事の手立て
知性の手立て
高齢期のたんぱく質栄養の改善は、血清脂質構成の改善や貧血予防、および糖尿病予防にも有効なことがわかり、多くの健康指標に良好な効果をもたらす。
超高齢社会は、からだのたんぱく質栄養状態が低下する「新型栄養失調」にどのように立ち向かうかが鍵を握っている。この考えに基づき開発されたのが自立高齢者の「新型栄養失調」の予測指標である。急速に新型栄養失調に至らないように予防的に取り組む必要がある集団を特定するためである。血清アルブミンが老化による平均的低下の2倍以上の速度で低下することを予測している項目は、①交通機関を使った外出の障害、②過去1年間の入院歴、③過去1年間の転倒歴、④趣味や稽古ごとをしないこと(時々する程度ではしないに含める)、であった。さらに、これらの項目は、相互に血清アルブミンを低下させる相乗効果のあることを確認した。これらの項目は、すべて生活活動量の少ないライフスタイルに関係している。「新型栄養失調」の予防には、生涯を通してアクティブライフがいかに大切かがわかる。
< 参考図書 >
熊谷修著:介護されたくないなら粗食はやめなさい,ピンピンコロリの栄養学.講談社+α新書